「もったいない人材」を生まないために 矢崎総業が5事業所のトライアルで見直した、管理職の関わり方

「実力主義だから、男女は関係ない」「女性が管理職になりたがらない」。
多様な人材の活躍を進める矢崎総業が向き合ったのは、そうした現場の声でした。
同社は約10年にわたって働き続けやすい環境の整備を進め、女性管理職比率を1%台から5%台へと向上させました。しかし、取り組みを重ねる中で見えてきたのは「本人の意欲」だけでは片づけられない壁です。「人材の伸びしろ」を活かすヒントは、育成する上司の関わり方にもあるのではないか。そう考えた同社は、5事業所の管理職のうち一部を対象に、トライアル研修を実施しました。
本レポートでは、部門ごとに異なる課題を踏まえながら、現場の意識変化を全社の変革につなげようとする取り組みについて、矢崎総業株式会社 総務人事室 ダイバーシティ推進部の勝亦さおり氏に伺いました。
インタビュイー

矢崎総業株式会社
総務人事室 ダイバーシティ推進部
勝亦 さおり 氏
※所属・肩書は取材当時
「働きやすさ」「就業継続」から始まった10年の取り組み
—まずは、今回の研修に至る前提として、貴社がどのように女性活躍を進め、どのような課題感を持っておられたのか、あらためて教えてください。
勝亦さおり氏(以下、勝亦):
まず、女性活躍推進で言えば、当社が取り組みを本格的に始めたのは、約10年前です。当時、女性管理職比率は1%程度でした。業種の特徴もあり、「工場の管理職は男性がなるもの」という空気がまだ強く残っていました。女性自身も、むしろ管理職になりたくないという方が多かったと思います。ですから、「女性管理職を増やそう」という目標ありきだったわけではありません。まずは、女性が就業を継続しやすい環境をつくることから始めました。
フレックスタイム制度や時間単位有給休暇、在宅勤務制度の整備など、まずは働き続けやすい土台をつくり、そのうえで、各人が自分の意思で次の役割に挑戦しやすい環境を整えていく。そうした順番で取り組んできました。
結果として、女性管理職比率は1%台から5%台へと上がり、手を挙げてくださる女性も着実に増えてきました。当社にとって大きな前進だったと思います。
ただ、その一方で、5%という数字をどう受け止めるかには社内でも温度差がありました。日本全体で見るとまだ低いのですが、製造業では5%前後の企業も少なくありません。
そうした中で、女性に特化した施策を進めること自体に違和感を持つ人もいました。「女性に下駄を履かせるのではないか」「能力以外の理由で上げるのではないか」と受け止められてしまうこともある。そこが、次の壁だったと思います。
「もったいない」という言葉で見えてきた、本当の課題
— その壁を前にして、なお取り組みを進めるべきだと考えられた理由は何だったのでしょうか。
勝亦:当社では昔から「もったいない」という言葉をよく使います。私自身もこの言葉が好きで、人材開発にも重なると感じていました。ここでいう「もったいない」は、単なる資源の節約ではありません。本来活かせる力を活かしきれていないこと、育成の機会を逃していることを、組織にとっての損失と捉える考え方です。今回の女性活躍推進も、私の中では「もったいない人材の伸びしろをどう引き出すか」という問題として捉えました。
そう考えると、まさに、当社の女性たちはもったいないな、と。実際には、仕事への意欲もあり、スキルを積んでいる人がたくさんいます。ただ、もっと成長するために必要な仕事や経験、期待のかけ方が、無意識のうちに男性へ偏ってしまう場面が見られるのも事実です。
管理職になることだけがすべてではありませんが、重要な仕事、ある意味で厳しい仕事を任されなければ、昇格の土台もつくりにくい。そうして伸びしろを眠らせてしまっているのだとしたら、それは本人だけの問題ではなく、組織の問題です。
現在、矢崎グループでは女性の正規雇用率が90.1%、男女の平均勤続年数差は1.2年と小さい一方で、女性管理職比率は4.4%、女性の賃金水準は64.6%にとどまっています。就業継続が進んでいるにも関わらず、こうした差が残っている背景には見直すべき構造があるのではないかと感じました。
私自身の原体験もあります。20年ほど前、「女性エンジニア第1号」として配属されたとき、「厳しい顧客先には行かなくていい」と言われたことがありました。当時は上司の優しさだと感じましたが、今振り返ると、良かれと思って配慮してもらったことが、結果としてキャリアの壁になることもあると思います。
現場には今も「実力があれば女性も上がっているはずだ」という声がある一方で、女性側には「130%の自信がなければ手を挙げない」という慎重さがあり、成長機会の捉え方にズレがあるようにも思います。こうしたことは、無意識に今も起きているのではないかと感じていました。
管理職が「関わり方」を見直すことから始めた
— そこで、管理職向けの施策を検討されたんですね。
勝亦:はい。マネジメント層からは、「女性が管理職になりたがらない」という声が多く上がっていました。ただ、詳しく見ていくと、そこには別の構図もありました。管理職に必要なスキルを身につけられるような仕事を任されておらず、経験が積めていない場合もありましたし「管理職は長時間労働」というイメージから敬遠されているという場合もあります。
本人の気持ちだけを変えようとしても限界がありますから、管理職側がこうした課題の構造を理解し、部下への期待のかけ方や対話の仕方を見直す必要があると考えました。

勝亦:ただ、当社が目指すのは、「女性を無理に引き上げること」ではありません。
管理職側が、多様な部下を育てることを自分の責務として腹落ちし、機会の与え方を変えていくこと。その第一歩として、管理職向けの研修を計画しました。
全社展開せず、5事業所 一部管理職から始めた理由
— 管理職研修を、まず5つの事業所から始められた理由をお聞かせください。
勝亦:管理職が1700人いる中で、このテーマを一気に広げるのは難しいと思いました。まずは草の根活動的に、現場の反応を確かめながら、確実に進めたかったというのが理由です。
このため、トライアルとして、管理職候補に当たる職務階級の女性がいない、5事業所の管理職を対象に研修を実施しました。反応を見て、どこに納得感が生まれ、どこに懸念や抵抗感があるのか、確かめたかったのです。
また、同じ社内であっても、工場、営業、開発、管理などで課題は違います。幅広く一律の施策では、「うちの職場には当てはまらない」で終わってしまう可能性が高いのではと思いました。ですから、部門ごとの課題も見ながら、どういう伝え方ならより届けられるのかを確かめるようにしました。
— 部門ごとに課題が違う中、研修の場ではどのように受けとめられたのでしょうか?
勝亦:例えば、お話しいただいた内容について、工場部門から「生産現場ではどう具体化すればいいのか考えたい」といった反応がありました。受け止め方も、次への踏み出し方も違う。そうした反応を含めて非常に大きな学びがあり、全社展開を見据えた良い一歩だったと思っています。
一般論でなく、自社の実情と日々の葛藤にフォーカスした提案が導入の決め手になった
—チェンジウェーブグループを選んでいただいた理由、また、研修内容で特に重視した点をお聞かせいただけますか。
勝亦:実は、3〜4社に同じテーマで提案をお願いしていたのですが、チェンジウェーブグループだけが「管理職になりたくない女性部下への対応演習」という形で明確に提案を出してくれました。
当社の特色や、現場で感じている悩みを踏まえたうえの提案だと感じましたし、一般論としてのダイバーシティ、型通りの内容ではなく、現場の管理職が日々直面している葛藤にちゃんと向き合っているプログラムだった点が大きかったです。
また、講師にも魅力がありました。酒井さん(チェンジウェーブグループ取締役・酒井穣)が元エンジニアで、経験や数字に基づき、論理的かつ経済合理性の観点から多様性の意義を話すスタイルが、当社の風土に非常に合致していました。
ダイバーシティ推進などのテーマは、最初の入り方で受け止められ方が大きく変わります。だからこそ、この「納得感」がつくれることは、第一歩として大切だと思っていました。
受講後に見えた、管理職自身の行動変容
— 受講してくださった管理職の方々の反応はいかがでしたか。
勝亦:受講者の9割以上から非常にポジティブな反応があり、全社展開に向けた手応えを得られました。

(矢崎総業様受講後アンケートより)
勝亦:印象的だったのは、インポスター症候群(高い能力や実績があるにも関わらず、自分を過小評価してしまう心理的傾向)の話です。自分自身もそうかもしれませんし、周囲の女性にも当てはまることが多いと感じました。また、受講者からも「部下の傾向を踏まえ、これまでとは違うマネジメントをしないと育成できないとわかった」といった声や具体的な行動宣言が数多く寄せられました。
【受講者の声】(一部抜粋)
- 当人がどう感じているのかを察すること以上に、勝手に勘違いせず聞いてみることを実践しようと思う。
- 「私にはできない」を一緒に考え、乗り越える方法を見つけていくことを、これまで以上に意識していきたい
- なぜ、女性活躍推進なのか…について、その理由がとても明解で腹落ちしました。
- きれいごとの建前ではなく、切実な問題であることを認識できました。また、日頃モヤモヤしていたことが言語化され、課題や対策の道筋がクリアになりました。
目指すのは、人が育つ組織 「もったいない」を成長の原動力に
— 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
勝亦:矢崎総業としては、女性管理職比率を5年後に10%にする目標を持っています。ただ、それは、数値目標達成のために無理に登用するという話ではありません。管理職が、多様な部下を育てることを意識し、機会の偏りを減らしていく。その積み重ねの先に、自然に人が育つ環境がつくられると考えています。
実際、2022年以降は男女の管理職任用率の差は縮小しています。だからこそ、機会の与え方と育成のあり方を変えていけば、数字は後からついてくると考えています。
今回のトライアルを通じて、部門ごとに伝え方やアクションを工夫する必要があることも改めて実感しました。工場部門では工場部門の現実があり、営業や開発、管理にはまた違う課題があります。
まずは5事業所から始めたこの試みを、現場に合わせながら丁寧に広げる予定です。組織の伸びしろをどう引き出すかという経営課題として、これからも取り組んでいきたいと思っています。
— 本日は貴重なお話をありがとうございました。